福岡地方裁判所 昭和58年(ワ)1458号 判決 1990年8月30日
甲事件原告(乙事件被告) 星野一郎
乙事件被告 株式会社ホシノ
右代表者代表取締役 星野一郎
乙事件被告 中川木材商事株式会社
右代表者代表取締役 中川春子
乙事件被告(亡中川真承継人) 中川春子
乙事件被告(亡中川真承継人) 中川二郎
乙事件被告(亡中川真承継人) 丙沢夏子
乙事件被告 丁海三郎
右六名訴訟代理人弁護士 木上勝征
右同 福島康夫
右同 福島あい子
右木上勝征訴訟復代理人弁護士 増永弘
甲事件被告(乙事件原告) 田中木工株式会社
右代表者代表取締役 鈴木四郎
甲事件被告 渡辺五夫
甲事件被告 渡辺六夫
右三名訴訟代理人弁護士 石川四男美
右同 村上與吉
以下、甲事件原告(乙事件被告)を単に「原告」、乙事件被告を単に「乙被告」、甲事件被告(乙事件原告)及び甲事件被告を単に「甲被告」という。
主文
一 甲被告らは、原告に対し、各自、朝日新聞、毎日新聞、西日本新聞及び読売新聞の各朝刊大川版の下段広告欄に三段抜きで、別紙(一)記載の謝罪広告を、見出しは新聞明朝体二・五倍活字とし、宛名及び甲被告らの氏名は新聞明朝体二倍活字とし、その他は新聞明朝体一・五倍活字とする様式をもって各一回宛掲載せよ。
二 甲被告らは、原告に対し、連帯して二〇〇万円及びこれに対する昭和五八年五月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 甲被告田中木工株式会社の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、甲乙両事件ともに、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を甲被告らの負担とする。
六 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
(甲事件について)
一 請求の趣旨
1 主文第一項と同旨
2 甲被告らは、原告に対し、連帯して二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年五月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は甲被告らの負担とする。
4 第2項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行免脱宣言
(乙事件について)
一 請求の趣旨
1 原告及び乙被告らは、甲被告田中木工株式会社に対し、各自、朝日新聞、毎日新聞、西日本新聞及び読売新聞の各朝刊大川版の下段広告欄に三段抜きで、別紙(二)記載の謝罪広告を、見出しは新聞明朝体二・五倍活字とし、その他は新聞明朝体一・五倍活字とする様式をもって各一回宛掲載せよ。
2 原告、乙被告株式会社ホシノ、同中川木材商事株式会社及び同丁海三郎は、甲被告田中木工株式会社に対し、連帯して二五〇〇万円及びこれに対する昭和五八年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 甲被告田中木工株式会社に対し(乙被告中川春子は一二五〇万円を限度とし、同丙沢夏子及び同中川二郎はいずれも六二五万円を限度として、それぞれ原告、乙被告株式会社ホシノ、同中川木材商事株式会社及び同丁海三郎と連帯して)、乙被告中川春子は一二五〇万円及びこれに対する昭和五八年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、乙被告丙沢夏子及び同中川二郎は各自六二五万円及びこれに対する昭和五八年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。
4 訴訟費用は原告及び乙被告らの負担とする。
5 第2、3項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 甲被告田中木工株式会社の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は甲被告田中木工株式会社の負担とする。
第二当事者の主張
(甲事件について)
一 請求原因
1 当事者
原告は、福岡県大川市内において木材販売業を営む乙被告株式会社ホシノ(以下「乙被告ホシノ」という。)の代表取締役であり、昭和五八年三月一日に行われた大川商工会議所会頭選挙に立候補して当選した者である。
甲被告田中木工株式会社(以下「甲被告田中木工」という。)は福岡県大川市内において家具製造販売業を営む会社である。
昭和五八年当時、甲被告渡辺五夫は甲被告田中木工の代表取締役、甲被告渡辺六夫は同社の専務取締役であった。なお、右両名は兄弟である。(以下、右両名を「甲被告渡辺ら」という。)
2 名誉毀損行為
甲被告渡辺らは、共謀のうえ、以下のような名誉毀損行為を行った。(以下「本件名誉毀損行為」という。)
(一) 「公開質問並びに嘆願書」の配布
甲被告渡辺らは、昭和五八年一月末ころ、大川市長、大川市議会議長、大川商工会議所会頭、大川商工会議所常議員及び家具製造業者ら大川市民に対し、別紙(三)記載の差出人田中木工株式会社代表取締役渡辺五夫名義の「公開質問並びに嘆願書」と類する書面(以下「公開質問並びに嘆願書」という。)を郵送又は手交した。
しかしながら、「公開質問並びに嘆願書」の記載内容は、以下のとおり、事実無根ないし事実を歪曲したものであり、原告を誹謗中傷し、その名誉を著しく毀損するものである。
(1) 「A店舗増改築の支配について」という見出しで指摘された内容について
「公開質問並びに嘆願書」には、「A店舗増改築の支配について」という見出しをつけて、「当社は昭和五四年二月A店舗の増改築工事の発注に伴い建設会社七、八社に依る厳正なる入札を行うと競争入札を行いA本部の最も信頼している銭高組が工事を落札しました。……星野氏は当社の意向を全く無視しA店舗増改築工事につき九州ハウス、永尾組、光建設三社の企業体に発注された。当社所有の店舗の増改築にも拘らず、当社の意向は全く無視されて店舗の増改築が行われたわけですが、Aの担当部長はじめ関係者は星野氏の常軌を逸したかかる暴挙にあきれてしまい……星野氏はかなりのリベートを企業体に強要していたことは容易に推察出来るところであり、現に噂によればその額は一、五〇〇万円とも言われております。更に星野氏がA誘致の謝礼として、金一、五〇〇万円をAから受取っているとの公然の噂も聞くところであります。」と記載されているところ、右記載内容は、事実に反し、又は事実を歪曲して、原告が株式会社A(以下「A」という。)の店舗増改築工事に関して甲被告田中木工の意思を無視して請負業者を新産業都市建設共同企業体(以下「企業体」という。)に変更し、この企業体にリベートを強要して多額の金員を受領し、また、Aからも謝礼として多額の金員を受領したかの如き印象を故意に与えるものである。
(2) 「A店舗増改築に関連し悪質な当社乗っ取り計画について」という見出しで指摘された内容について
「公開質問並びに嘆願書」には、「A店舗増改築に関連し悪質な当社乗っ取り計画について」という見出しをつけて、「星野氏は、前記当社並びに当社専務からA誘致の謝礼として強要された共有土地上にA店舗を増設し、Aを誘致することを計画し、昭和五五年八月その旨大川商工会議所を通じて申請されましたが、店舗増設は許可されませんでした。右のことは星野氏は結局当社と関係なく(星野氏等所有の共有土地上に)自分達だけの店舗を作り、これをAに賃貸してAを誘致し、利益を図るということであります。又、現在、星野氏はA店舗約八〇〇坪を右土地に増設申請し、Aから敷金権利金を約二億円もらい受けると当社関係者に豪語されております。これは当社専務又当社からA誘致の謝礼として取りあげた土地上にAを新たに誘致する計画であり、まさに星野氏の当社乗っ取りの何ものでもありません。」と記載されているところ、右記載内容は、事実無根であり、原告がその共有地上にAの店舗の増改築申請をなし、Aから多額の敷金権利金をもらい受ける旨豪語し、原告が甲被告田中木工を乗っ取る計画を有しているかの如き印象を故意に与えるものである。
(3) 「結び」と題して指摘された内容について
「公開質問並びに嘆願書」には、「結び」と題して、「星野氏の当社に対する利権行為、会社乗っ取りとも言うべき前記悪業の数々はA誘致による会社再建の美名にかくれた私利、私欲のみの追求に狂奔する悪質なる権利者、ブローカー、暴力団の類であり、絶対に容認できないのであります。」と記載されているところ、右記載内容は、原告が甲被告田中木工の再建に関連して乗っ取りを計り、あたかも悪質なる権利者、ブローカー、暴力団に類する行為を行ったかの如き不当な印象を故意に与えるものであり、原告の人格を著しく誹謗中傷するものである。
(二) 新聞折り込みビラ等の配布
甲被告渡辺らは、昭和五八年二月二〇日ころから同年四月二五日ころまでの間、「公開質問並びに嘆願書」と同旨の内容を記載した「大川市民に訴える『A誘致の謝礼を次々と強要する利権屋星野一郎の悪業の数々』」と題する甲被告渡辺六夫名義のビラ(以下「本件ビラ」という。)一万枚を、毎日新聞及び朝日新聞に折り込んで大川市内一円に配布し、また、大川市<住所略>所在のA店舗内等に備え置いて大川市民に配布した。
しかしながら、本件ビラの記載内容は、以下のとおり、事実無根ないし事実を歪曲したものであり、原告を誹謗中傷し、同人の名誉を著しく毀損するものである。
(1) 「A店舗増改築の支配について」という見出しで指摘された内容について
本件ビラには、「A店舗増改築の支配について」という見出しをつけて、「田中木工は昭和五四年二月、A店舗増改築工事の発注に伴い建設会社七、八社に依る厳正なる競争入札を行い、銭高組が落札しました。星野氏は田中木工の意向は一切無視しA店舗の増改築工事につき、九州ハウス、永尾組、光建設、三社の企業体に発注されました。それで田中木工所有の店舗増改築にもかかわらず、田中木工の意向は全く無視されて星野氏の常軌を逸したかかる暴挙にあきれてしまいましたが、田中木工はこれに抗議することが出来ず星野氏の奴隷となり下がったのであります。そして、その後の私の調査によればリベートの受領が続々と判明しております。企業体より一、一〇〇万円、A、寿屋、西鉄ストアーより云々の工作資金の受領の証拠を次々に入手しています。」と記載されているところ、右記載内容は、事実無根であり、原告がA店舗増改築工事に関して甲被告田中木工の意思を無視して請負業者を勝手に企業体に変更し、請負業者である企業体から多額の金員を受領したかの如き印象を故意に与えるものである。
(2) 「A店舗今後の増床に関し悪質な計画について」という見出しで指摘された内容について
本件ビラには、「A店舗今後の増床に関し悪質な計画について」という見出しをつけて、「星野氏は、田中木工並びに私からA誘致の謝礼として強要されたA店舗北側に位置する約一〇五七坪の共有土地上に田中木工と関係なく、星野氏等所有の店舗を増築し、そこにAを誘致することを計画し、昭和五五年八月その旨大川商工会議所を通じて申請されましたが、結局星野氏等の右計画は許可されませんでした。又、本年星野氏は右共有土地上にA店舗約八〇〇坪の増設申請を計画し、Aから敷金権利金として巨額の金をもらい受けると豪語されています。現在星野氏等は田中木工、並びに私から強要し、取り上げた約一〇五七坪の土地はAに駐車場として賃貸され、月額、金一、三七四、〇〇〇円の地賃が星野氏の預金口座に送金されております。」と記載されているところ、右記載内容は、事実無根であり、原告が、甲被告田中木工及び甲被告渡辺六夫からA誘致の謝礼として土地を取り上げ、同土地上にA店舗の増築申請をなし、Aから敷金、権利金として巨額の金をもらい受ける計画を有し、さらに、Aから毎月一三七万円以上の地代を個人的に受領しているかの如き印象を故意に与えるものである。
(3) 本件ビラの表題及び「結び」と題して指摘された内容について
本件ビラには、表題として、「大川市民に訴える『A誘致の謝礼を次々と強要する利権屋星野一郎の悪業の数々』」と記載され、また、「結び」と題して、「A誘致に関与された星野氏の悪業は以上のとおりであります。……田中木工の様な悲劇を二度と繰り返さない様に、田中木工が星野氏の奴隷となり田中木工が乗っ取られる寸前の窮状を大川市民の皆様に強く訴え星野氏の利権屋的悪業を断固弾劾するものであります。」と記載されているところ、右各記載内容は、原告が利権屋的行為をして数々の悪業を行い、また、甲被告田中木工及び甲被告渡辺六夫に対し、謝礼を強要し、同社の乗っ取りを計っているかの如き印象を故意に与えるものである。
(三) 録音テープの放送
甲被告渡辺らは、昭和五八年二月二六日から同年三月一日までの四日間にわたって、連日午前八時三〇分ころから午後三時ころまでの間、甲被告田中木工の工場の屋根に取りつけた大型の拡声器を通じて、通行人ら不特定多数の者に対し、本件ビラと同旨の内容を録音した録音テープ(以下「本件録音テープ」という。)を繰り返し拡声放送した。
本件録音テープには、「田中木工が星野の奴隷となり乗っ取られる寸前の窮状を大川市民の皆様に強く訴え、星野の利権屋的悪業をここに断固弾劾するものであります。星野は五四年四月、A増改築工事の発注に伴い田中木工の意向は全く無視し、自分勝手に発注し、工事企業体より一、一〇〇万円のリベートを受取り、また、日本舗道からも五〇〇万円の詐欺横領をしています。また、星野はA誘致の謝礼として田中木工の株式約九〇〇万円の贈与を強要し、そのうえ田中木工及び私個人所有の土地一〇五七坪時価二億円も強制的に取り上げました。星野は田中木工並びに私からA誘致の謝礼として取り上げたA店舗北側の約一〇五七坪の共有土地に田中木工と関係なく、星野所有の店舗を増設し、そこにAを誘致することを計画していますが、現在A駐車場として賃貸され、月額、金一三七万四〇〇〇円が星野の預金口座に振込送金されています。大川市民の皆様、今述べたように田中木工の窮状を御理解いただき、星野の悪業を断固ここに弾劾して御支援下さるようお願い申し上げます。」との内容が録音されていたところ、右録音内容は、事実無根であり、原告が利権屋的悪業を重ねて甲被告田中木工の乗っ取りを計り、A店舗の増改築工事を請け負った企業体からは多額のリベートを受領し、また、日本舗道株式会社(以下「日本舗道」という。)からも五〇〇万円という金員の詐欺または横領行為をなし、さらに、原告が甲被告らから甲被告田中木工の額面総額九〇〇万円の株式及び時価二億円の土地を強制的に取り上げたかの如き印象を故意に与えるものであって、原告を誹謗中傷し、その名誉を著しく毀損するものである。
(四) 告訴状の提出、配布等
甲被告渡辺らは、昭和五八年二月二五日ころ、甲被告田中木工を告訴人、原告を被告訴人とし、原告の業務上横領行為を告訴事実とした告訴状(以下「本件告訴状」という。)を大川警察署に提出するとともに、その写を大川商工会議所の会員、家具製造業者等に配布し、その内容を大川家具工業界の会合の際に読み上げる等の行為をした。
本件告訴状には、「被告訴人が、告訴会社田中木工外三名の共有地の駐車場開発に関する現金出納保管、会計事務に従事中(一)昭和五四年七月二五日本件物件の埋立盛土、護岸舗装工事等代金一、〇三四万二、〇〇〇円を業務上預り保管中、その頃金四五〇万円を自己の用途にあてるため、ほしいままに株式会社佐賀銀行大川支店の被告訴人ら五名の代表者としての被告訴人名義の普通預金口座から払戻しの上着服し、(二)更に同月三一日、五〇万四〇〇〇円を自己の用途にあてるため前記銀行の被告訴人名義普通預金口座から払戻しのうえ着服したものである。」との内容が記載されていたところ、右記載内容は、事実無根であり、原告が甲被告らの共同で保管している金員を勝手に着服横領したかの如き印象を故意に与え、原告の名誉、信用を著しく失墜させるものである。
3 甲被告らの責任
(一) 甲被告渡辺らの責任
甲被告渡辺らは、共謀のうえ、原告の名誉を毀損することを認識しつつ、本件名誉毀損行為に及んだものであるから、同人らは民法七〇九条、七一九条により、原告の後記損害を賠償する責任を負う。
(二) 甲被告田中木工の責任
本件名誉毀損行為は、当時甲被告田中木工の代表取締役であった甲被告渡辺五夫がその職務を行うにつきなしたものであるから、甲被告田中木工は商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、原告の後記損害を賠償する責任を負う。
4 原告の損害
(一) 乙被告ホシノは、大正九年創業の資本金八〇〇万円、年商八億円、従業員二〇名の木材販売を業とする会社であり、大川市内では信用のある堅実な会社として評価されている。
原告は、右乙被告ホシノの代表取締役のほか、大川木材事業協同組合理事長、福岡県木材協同組合連合会副会長、大川信用金庫理事等の役職にも就任し、大川地区で社会的信用を得ていた者である。
(二) 「公開質問並びに嘆願書」は、大川市長、大川市議会議長、大川商工会議所会員、大川家具工業会会員、大川木材事業協同組合の組合員、大川商店連合会会員等の大川市内の多数の特定の知名士に配布され、また、本件ビラは大川市内一円に広く配布された。さらに、甲被告田中木工は大川市内の中心街に位置し、通行人や通行車両も極めて多いため、本件録音テープによって拡声放送された内容は多数の大川市民、通行人の知るところとなった。このため、大川市内はもちろん、多数の取引先や業界関係者の間で、原告が甲被告田中木工の乗っ取りを計り、多額のリベートを受領し、金員を横領する等の犯罪行為をしたかのような噂が流布されることになった。
そこで、原告は大川商工会議所議員、取引先等関係者等に対し弁明したものの、一旦印象づけられた疑念はなかなか晴れず、また、大川市内では前記の噂がもちきりとなり、原告はもちろんのこと、家族、従業員、乙被告丁海三郎、乙被告中川真らまで肩身の狭い思いを余儀なくされた。さらに、従来の慣行に従えば、原告は、家具工業会及び木材事業協同組合の推薦により昭和五八年三月一日に大川商工会議所会頭に無投票で選任される予定になっていたところ、本件名誉毀損行為のため、原告が会社乗っ取り、犯罪行為をしたと信じた大川商工会議所議員によって対立候補が立てられ、会頭選出について極めて異例の選挙が実施される結果となった。
また、甲被告渡辺らが原告を告訴した結果、原告は捜査機関による取調べを受けることとなった。
(三) 右のとおり、本件名誉毀損行為によって、原告の名誉は著しく毀損され、その社会的信用は失墜して、原告は精神的にも筆舌に尽くし難い苦痛を受けた。
原告の被った右損害は金銭に評価すれば、二〇〇〇万円を下らない。また、原告に対する名誉回復の措置として、甲被告らは、甲事件の請求の趣旨記載の謝罪広告をすべきである。
5 よって、原告は、甲被告らに対し、不法行為に基づき、原告の名誉回復のための措置として甲事件の請求の趣旨第1項(主文第一項)記載の謝罪広告の掲載を求めるとともに、損害賠償として連帯して二〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和五八年五月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、甲被告渡辺五夫が大川商工会議所会頭に対し「公開質問並びに嘆願書」を手交したこと、甲被告渡辺六夫が本件ビラを毎日新聞及び朝日新聞に折り込んで配布したこと、甲被告渡辺六夫が甲被告田中木工所有の工場の屋根に取りつけた拡声器を通じて、本件ビラと同旨の内容を録音した本件録音テープを放送したこと、甲被告渡辺らが甲被告田中木工を告訴人、原告を被告訴人、原告の業務上横領行為を告訴事実とした本件告訴状を大川警察署に提出したことは認め、その余の事実は不知ないし否認する。
甲被告渡辺六夫は、昭和五八年一月二〇日ころ、大川商工会議所会頭及び協同組合大川家具工業会理事長に対し、「公開質問並びに嘆願書」を手渡したところ、右理事長は、甲被告渡辺六夫に対し、「公開質問並びに嘆願書」の記載内容を理事会の議題として審議したいので、参考資料として全理事に配布するように指示した。そこで、甲被告渡辺六夫は、右指示に従い、「公開質問並びに嘆願書」を全理事に郵送して配布したのであって、「公開質問並びに嘆願書」の記載内容が他に伝播するおそれはなかったのであるから、甲被告渡辺六夫が公然と原告の名誉を毀損したということはできない。
3 同3は争う。
4 同4の事実は知らない。
三 抗弁(甲被告ら)
1 摘示事実の公共性
原告は、大川地区におけるトップ企業である乙被告ホシノの代表取締役であり、大川木材共同組合理事長、大川商工会議所副会頭等の要職にあり、また、Aその他のスーパーマーケットの出店問題に関しては、大川市商業活動調整協議会委員として、厳正中立の立場から審議に参加していた者であって、大川地区の商工界における指導的な地位にあった者である。
以上のような原告の地位に照らせば、甲被告渡辺らが「公開質問並びに嘆願書」、本件ビラ、本件録音テープ及び本件告訴状において摘示した事実(以下「本件摘示事実」という。)は公共の利害に関する事実に相当するというべきである。
2 公益目的の存在
甲被告渡辺らは、<1>原告の行状の調査並びにその行状の誤りの指摘及び批判、<2>原告のために生じた甲被告らの窮状の救済、是正の嘆願及び新たな犠牲者の発生を防止するための警鐘、<3>原告が大川商工会議所会頭として不適格であることの意見陳述等といった、専ら公益を図る目的のもとに、本件摘示事実を公表したものである。
3 摘示事実の真実性
以下のとおり、甲被告渡辺らが「公開質問並びに嘆願書」、本件ビラ、本件録音テープ及び本件告訴状において摘示した事実(以下「本件摘示事実」という。)は真実である。
(一) 甲被告田中木工再建の経緯について
(1) 甲被告田中木工は、昭和三九年七月一日に設立された、家具製造を業とする従業員八〇名の会社である。
甲被告田中木工は、昭和四八年、長期計画を策定したが、その着工と同時に石油パニックが到来し、設備投資過剰、資材不足・高騰等の原因により経営が悪化した。
(2) 昭和五三年三月下旬、甲被告田中木工の経営状態に不安を抱いた原告、乙被告丁海三郎及び訴外亡中川真(以下、右三名を「原告ら三名」という。)は、同社を訪れてその説明を求めた。当時、乙被告ホシノは七三〇万円、訴外亡中川真が代表取締役を務めていた乙被告中川木材商事株式会社(以下「乙被告中川木材」という。)は五五八二万円、乙被告丁海三郎が代表取締役を務めていた訴外丁海製材所は五五〇万円の各木材売掛債権を甲被告田中木工に対して有していた。
甲被告渡辺らは、原告ら三名に対し、甲被告田中木工が順調な経営をしていた昭和四八年二月にショールーム(建坪三〇〇坪)が完成し、同年秋に土地を買収して昭和四九年に工場を増設し、新鋭の木工機械を設置し、移動用リフター付の倉庫が完成したが、そのころ、石油パニックが到来して資材の暴騰・不足等を原因として経営が悪化したので、減量経営に切り換える等の対策を講じたものの収益は減少し、また、得意先の倒産にあって二五〇〇万円の債権が回収不能となり、これらを原因として、昭和五三年八月には資金不足をきたすおそれが生じていると説明した。
(3) そこで、原告ら三名と甲被告渡辺らとの間で甲被告田中木工の再建策について協議を重ねたところ、乙被告中川真が甲被告田中木工所有の遊休土地に大型スーパーマーケットを誘致し、これから受領する敷金、保証金、賃料等を用いての経営危機打開を提案した。
その後、原告ら三名の奔走によって、甲被告田中木工の所有する土地建物をAに賃貸することが決定し、昭和五三年五月三一日、甲被告田中木工とAとの間で、賃貸借の仮契約が成立し、同日、甲被告田中木工はAから右契約の手付金として五〇〇〇万円を受領した。
(4) さらに、昭和五四年七月二日、甲被告田中木工はAとの間で左記内容の賃貸借契約を締結し、経営危機を完全に回避するに至った。
<1> 期間 昭和五四年七月一二日から二〇年間
<2> 賃料 月額四一六万六六六七円
<3> 敷金 一億七〇〇〇万円
<4> 保証金 一億円
(二) A店舗増改築の支配について
(1) 甲被告田中木工は、A店舗の増改築工事の発注に伴い、昭和五四年二月に建設会社七、八社による競争入札を行ったところ、Aの最も信頼する銭高組が右店舗の工事を落札した。ところが、原告は、甲被告田中木工と銭高組との間の右建築請負契約を一方的に破棄し、以後、前記工事に関する建築業者への発注、工事代金の支払、工事の管理監督等を意のままに行い、甲被告らの意向を一切無視して前記工事を支配するに至った。
その結果、原告は、同年四月一七日、企業体との間で、請負代金三億三〇〇〇万円(契約時請負代金三億一八〇〇万円、追加変更工事代金一二〇〇万円)にて、前記工事についての建築請負契約を締結し、その後も甲被告らの意向を無視して前記工事の一切を独断専行した。
(2) 甲被告渡辺五夫は、前記店舗落成祝の際に感謝状に添えて企業体に送る御祝儀について原告ら三名に相談したところ、訴外亡中川真が三〇万円ではどうかと提案したにもかかわらず、原告はこれを無視して企業体関係者と交渉し、七〇万円を上積みした一〇〇万円の御祝儀を送ることを独断で決定した。その際、原告は、右七〇万円の上積みの見返りとして、企業体が原告ら三名及び甲被告渡辺らを海外旅行に招待する旨の約束を取りつけてきたと説明したが、企業体は右海外旅行に招待しなかった。
(3) 原告は、A店舗誘致の謝礼として同社から多額の謝礼を受領した。
(4) 原告ら三名は、企業体との間で前記建築請負契約を締結するに際し、企業体から昭和五四年五月一八日に六〇〇万円、同年六月二三日に五〇〇万円の合計一一〇〇万円のリベートを受領した。
(三) A店舗増設に関連した悪質な会社乗っ取りについて
原告は、甲被告渡辺六夫に対し甲被告田中木工再建の謝礼として強要して共有名義とした別紙(五)目録(一)(二)記載の土地(合計約一〇五七坪)の一部にAの店舗を増築することを計画し、昭和五五年一〇月、大川商工会議所に対し、「店舗面積増加計画書」を届け出たが、審議の結果否決された。
このように、原告ら三名は、甲被告田中木工とは関係のない店舗を前記土地上に建設してAに賃貸し、これを誘致することを企図していたものである。
(四) 原告の悪質なる利権屋、ブローカー、暴力団的行動の数々
本件摘示事実のうち前記(一)ないし(三)記載の原告の所為は、いずれも甲被告田中木工に対する利権行為、会社乗っ取り行為であって、A誘致による甲被告田中木工再建の美名に隠れた私利私欲の追求に狂奔する悪質なる利権屋、ブローカー、暴力団的行動というべきである。
また、以上のほかにも、原告は以下のとおりの利権屋、ブローカー、暴力団的行動の悪行を行っている。
(1) 株式贈与の強要
原告ら三名は、昭和五三年五月ころ、甲被告渡辺五夫に対し、A誘致の謝礼として甲被告田中木工の株式の一〇パーセント(額面総額九〇〇万円)を贈与せよと強要した。甲被告渡辺五夫は、原告ら三名が甲被告田中木工の再建に尽力していた手前その要求を拒否できず、同年一二月一〇日、前記相当の株式を贈与した。
さらに、原告は、甲被告渡辺五夫に対し、甲被告田中木工の製造した家具類を販売している、同社の子会社である株式会社「家具のサンコー」の株式の五〇パーセントの贈与及び同社役員への就任を強く要求したが、甲被告渡辺五夫が渋ったので断念した。
(2) 不動産贈与の強要
原告ら三名は、昭和五三年五月ころ、甲被告渡辺六夫所有のA店舗北側に位置する別紙(五)目録(一)記載の土地(実測面積四三六坪、税務署による評価額坪一八万円、合計七八四八万円。以下「本件(一)の土地」という。)をA誘致の謝礼として、無償贈与せよと強要し、昭和五三年八月八日に贈与を受けた。右土地には、現在、原告ら三名、甲被告田中木工及び甲被告渡辺六夫の共有の仮登記がなされている。
また、原告ら三名は、甲被告渡辺五夫に対し、甲被告田中木工が坪単価三万円で購入する予定であったA店舗北側に位置する別紙(五)目録(二)記載の土地(実測面積三二一坪、税務署による評価額坪一八万円、合計五七七八万円。以下「本件(二)の土地」という。)をA誘致の謝礼として、右同様の価格で譲渡するように強要した。甲被告渡辺五夫は右要求を拒否できず、昭和五三年八月八日、右土地に原告ら三名及び甲被告田中木工の共有の仮登記がなされた。
さらに、原告ら三名は、甲被告渡辺五夫に対し、甲被告田中木工が坪単価八万円で購入する予定であったA店舗北側に位置する別紙(五)目録(三)ないし(六)記載の各土地(実測面積合計約三〇〇坪、税務署による評価額坪一八万円、合計約五四〇〇万円。以下「本件(三)ないし(六)の土地」という。)をA誘致の謝礼として、右同様の価格で譲渡するように強要した。甲被告渡辺五夫は右要求を拒否できず、昭和五六年三月一二日、右土地に原告ら三名、甲被告田中木工及び甲被告渡辺六夫の共有の仮登記がなされた。
(3) 原告ら三名による脅迫行為
原告は暴力団と親交を有するものであるところ、甲被告田中木工の再建に関与するようになった昭和五三年始めころから、甲被告渡辺らに対し、「田中木工を潰すとならいつでん潰される。ヤーさんば二、三日会社の出入口に置いとけば資材が入らなくなってすぐ潰されるとぞ。」と言って脅迫し続けた。
また、原告ら三名は、甲被告田中木工に出入りする際には、当時暴力団親交者であり、会社の整理屋として活動していた佐藤七夫を同道しており、甲被告田中木工の再建、A大川店進出問題解決のために右佐藤七夫及び大田一家八夫組組長大田八夫を手先として使用していた。
(4) 甲被告渡辺六夫の個人資産への根抵当権設定の強要
原告は、昭和五三年五月二三日、原告ら三名の甲被告田中木工に対する木材売掛代金約六八〇〇万円の債権を担保するために、他の債権者には内密にして、甲被告渡辺六夫所有の全不動産に根抵当権を設定することを強要し、甲被告渡辺六夫はこれを承諾せざるを得なかった。
(5) ゴルフ道具贈与代金の強要
A大川出店に際し、国道からA大川店舗入口に位置する坂井木工所を同木工所の道路向かい側に位置する協同組合△△の替地に移転させることが検討されたが、この計画は中止された。
しかるに、原告は、協同組合△△の高橋専務に世話をかけたので自己の高価なゴルフ道具を贈与したとして、甲被告渡辺五夫に対し、右代金として六〇万円の支払を強要した。その結果、甲被告渡辺五夫は、昭和五四年六月ころ、原告に六〇万円を支払うことを余儀なくされた。
(6) 取締役就任の強要
原告は、昭和五四年九月ころ、甲被告田中木工の株主総会において、自己が同社の取締役に選任されなかったことに激高し、その翌日、甲被告渡辺五夫に対し、株主総会をやり直して自己を甲被告田中木工の取締役に選任するように要求した。
(7) 歳暮の強要
原告は、昭和五五年一二月初旬ころ、甲被告渡辺五夫に対し、歳暮を要求したので、同人は甲原告方へ歳暮を持参した。
(8) 材料仕入れの強要
甲被告田中木工は、木材を主とする材料資材を大川市内の業者から購入しており、その割合は、乙被告中川木材が全体の一〇ないし一五パーセント、丁海製材所が全体の約五パーセントで、乙被告ホシノとの取引は昭和五一年から開始したものの微々たるものに過ぎず、昭和五二年度は総額二〇〇万円程度の取引に過ぎなかった。
しかるに、原告は、A誘致を契機として、甲被告田中木工に対し、原告からの資材仕入れを強要した。そこで、甲被告田中木工は、材質の選択もできずに、市価よりも高額で原告から仕入れなければならなくなった。
(9) 顧問弁護士解任の強要
甲被告田中木工は、昭和五七年二月ころから石川四男美弁護士に法律顧問を依頼し、同弁護士を通じてAとの店舗の賃料改定交渉を行っていたところ、同年七月ころ、原告は、右交渉を自己に依頼させるために石川弁護士の個人攻撃を行い、甲被告田中木工が同弁護士を解任するように強要したが、拒否された。
(10) 五〇〇万円の着服横領
原告は、昭和五四年七月二五日、本件(一)ないし(六)の土地の埋立、盛土、護岸、舗装等の工事代金として預り保管していた一〇三四万二〇〇〇円のうちの五〇〇万円を、前記土地の舗装工事代金として日本舗道福岡支店に支払うとの名目で着服横領した。
(11) 寿屋大川出店の五〇〇万円の工作費及び工作活動について
原告は、当時、大手スーパーマーケットである株式会社寿屋(以下「寿屋」という。)が大川地区に出店を企図していたことから、大川商工会議所副会頭及び大川市商業活動調整協議会委員という自己の地位を利用して、寿屋の大川出店についての工作費名下に金員を詐取しようと企て、乙被告丁海三郎及び佐藤七夫と共謀して、寿屋から工作費名下に五〇〇万円を受領し、そのうちの二〇〇万円のみを工作費としたものの、他は各自一〇〇万円宛分配して着服した。
その後、原告は、前記両名を用いて、大川商店街が寿屋の出店に反対しないように働きかけ、昭和五五年六月四日、大川商店会連合会に対し、旧市役所跡地を再開発する際には核店舗として寿屋を誘致することに努力する旨契約させることに成功した。
(12) 寿屋大川店用地売買の二〇〇万円の仲介料について
寿屋の前記大川出店にともない、株式会社中島家具店所有の土地が店舗用地として寿屋に売却されたが、原告及び乙被告丁海三郎は、昭和五五年二月二九日、右株式会社中島家具店から右土地売却の際の仲介料として二〇〇万円を受領した。
(13) 西鉄ストア大川出店の二〇〇万円の工作費について
原告は、乙被告丁海三郎及び佐藤七夫と共謀して、西鉄ストアから大川出店の工作費名下に金員を詐取しようと企て、昭和五六年ころ、西鉄ストアから二〇〇万円を受領したが、西鉄ストア大川出店のために工作したことはなかった。
(14) 原告は暴力団親交者であり、暴力団的体質を有する者である。
佐藤七夫は、昭和四〇年ころから倒産会社の整理、不良債権の回収等を業務内容とする「会社の整理屋」として活動し、昭和五五年初めころから暴力団○○会の若頭補佐となって暴力団活動に従事し、右○○会を脱会した昭和五八年末ころからは再び「会社の整理屋」として活動している者である。
原告は、昭和四二年ころから佐藤七夫と親しく交際し、利権屋的行動を共にしてきたのであって、昭和四九年に佐藤七夫が結婚した際には仲人を務めたこともある。また、佐藤七夫の妻は、昭和五四年、原告及び乙被告丁海三郎の紹介でA大川店に就職した。
原告は、昭和五三年以降、甲被告田中木工に赴く際には佐藤七夫を同行していた。
昭和五六年夏ころ、佐藤七夫が、業界の情報交換、不良債権の確保等を目的とした「佐藤企業コンサルタント」を設立した際には、原告及び乙被告丁海三郎は右設立の相談に応じ、これに協力応援していたのであって、乙被告丁海三郎は右「佐藤企業コンサルタント」の事務局長、原告は顧問となって、会員紹介等に積極的に活動していたものである。
昭和五八年二月以降、原告が甲被告田中木工との間の問題について善後策を協議する際には、乙被告丁海三郎、佐藤七夫等の側近が同席していた。
乙被告丁海三郎は、昭和六一年五月、大川市を本拠とする野田会村上組組長によって実質的に設立された、同組長主催の企業コンサルタントを建前とする「××会」の会長に就任し、同組長と共に、企業コンサルタント料名目で暴力団の活動資金を集めていた。
(15) 民事裁判を有利にするための産業スパイ活動
原告は、本件民事裁判を有利にしようと計画し、乙被告ホシノを転出して甲被告田中木工の事務員として同社の重要書類の保管等に携わっていた訴外小谷秋子を教唆して、昭和六一年七月ころ、甲被告田中木工の有する支払書、請求書等三通を窃取せしめて、これを入手した上、これらを本件訴訟の証拠として提出した。
4 摘示事実の認識
本件摘示事実は、甲被告渡辺六夫作成の日記帳及び関係書類並びに甲被告渡辺五夫の記憶に基づいて作成されたものであって、甲被告渡辺らは右事実を真実であると信じていたものである。
したがって、仮に、本件摘示事実中に真実に反する部分があったとしても、甲被告渡辺らにはこれが真実であると誤信するに足りる相当な理由があるから、同人らには不法行為の責任はない。
四 抗弁に対する認否・主張
1 抗弁1(摘示事実の公共性)の事実は否認する。
公共の利害に関する事実とは、多数一般の利害に関する事実でなければならないところ、本件当時、原告は大川商工会議所副会頭であり、会頭選挙に立候補する予定であったものの、右副会頭や会頭は公務員ではなく、しかも、本件摘示事実は原告と甲被告らとの間の私人間の経済的紛争に関する事実に過ぎないのであるから、右事実は公共の利害に関する事実とは解されない。
また、公共の利害に関するというためには、当該事実の公表が公共の利益のために必要限度内のものでなければならないところ、甲被告渡辺らは、噂とか風聞という形で、多数人に対し、無差別に本件摘示事実を公表したのであるから、かかる公表の内容、方法に照らしても、右事実は公共の利害に関する事実とは解されない。
2 抗弁2(公益目的の存在)の事実は否認する。
甲被告渡辺らは、原告が昭和五八年度の大川商工会議所会頭選挙に立候補することを知って、原告、乙被告丁海三郎及び訴外亡中川真(以下、右三名を「原告ら三名」という。)と甲被告らとの間の民事上の紛争(<1>原告ら三名の有する甲被告田中木工の株式を返還させること、<2>同人らの有するA店舗の駐車場用地の共有持分権を放棄させること、<3>同人らの有する甲被告渡辺六夫の個人資産上の根抵当権設定登記を抹消させること)を有利に解決し、経済的利益を図る目的で執拗に名誉毀損行為を繰り返したに過ぎず、同人らに公益目的は存在しなかったものである。
3 抗弁3(摘示事実の真実性)及び同4(摘示事実の認識)の各事実は否認する。
(乙事件について)
一 請求原因
1 当事者
甲被告田中木工は家具類の製造を営む会社である。
乙被告ホシノ、乙被告中川木材及び乙被告丁海三郎は木材類の販売を営むものである。
原告は乙被告ホシノの代表取締役であり、訴外亡中川真は昭和五八年当時乙被告中川木材の代表取締役であった。
2 原告ら三名の名誉毀損行為
(一) 原告は、乙被告ホシノの代表取締役のほかにも大川木材事業協同組合理事長、大川商工会議所副会頭の要職にあり、昭和五八年度には会頭に就任することが予定されていた。また、原告は昭和五三年大型店舗出店問題において大川商業活動調整協議会の学識経験者委員を務めていた。
しかしながら、原告は他方では悪質なる利権屋、ブローカー、暴力団の類の人物であり、甲被告田中木工はその利権行為等による被害を受けていたので、甲被告田中木工は、原告の暗黒面を明らかにし、再び同社のような犠牲者の出現を防止し、原告が利権行為を繰り返さないようにするために、同人の甲被告田中木工に対する利権行為の調査を要望し、あわせて原告による甲被告田中木工の支配の排除を嘆願することを目的として、大川商工会議所に対し、「公開質問並びに嘆願書」を手交した。
(二) しかるに、原告ら三名は、甲被告田中木工が大川商工会議所に対し「公開質問並びに嘆願書」を手交したことを知るや、原告が利権屋、ブローカー、暴力団の類の人物であることを隠蔽し、ひいては原告が立候補を予定していた昭和五八年度の大川商工会議所会頭選挙を有利に展開するために、昭和五八年二月九日ころ、大川市長、大川商工会議所会頭、大川商店街関係者、その他の大川市民に対し、別紙(四)記載「反論書」(以下「反論書」という。)を郵送又は手交した。
(三) 「反論書」には、「公開質問並びに嘆願書」記載の第一点ないし第一一点の各項目についての反論がなされ、結論として、甲被告田中木工が民事上の紛争を有利に解決するために「公開質問並びに嘆願書」を作成したものであるとされている。
このように、「反論書」は甲被告田中木工を恩知らず・嘘つきと誹謗中傷する目的で作成されたものであり、事実を歪曲し、又は、虚偽の事実が記載されている。
3 原告及び乙被告らの責任
(一) 原告及び乙被告丁海三郎、同中川春子、同丙沢夏子及び同中川二郎の責任
以上のとおり、原告ら三名は、甲被告田中木工を恩知らず、嘘つきと誹謗中傷する目的で、共謀のうえ、前記名誉毀損行為に及んだものであるから、原告及び乙被告丁海三郎は、民法七〇九条、七一九条により、甲被告田中木工の後記損害を賠償する責任を負う。
また、訴外亡中川真も右同様の責任を負うところ、同人は昭和六三年六月二六日に死亡し、妻である乙被告中川春子、長女である乙被告丙沢夏子、長男である乙被告中川二郎が相続した。右三名の相続分は、乙被告中川春子については二分の一、同丙沢夏子及び同中川二郎については各四分の一である。したがって、右三名は、それぞれその相続分に応じて、甲被告田中木工の後記損害を賠償する責任を負う。
(二) 乙被告ホシノ及び乙被告中川木材の責任
前記名誉毀損行為は、乙被告ホシノの代表取締役である原告及び当時乙被告中川木材の代表取締役であった訴外亡中川真が、いずれも、その職務を行うにつきなしたものであるから、乙被告ホシノ及び乙被告中川木材は商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、甲被告田中木工の後記損害を賠償する責任を負う。
4 甲被告田中木工の損害
甲被告田中木工は、昭和三九年七月に設立された、婚礼家具類を製造する従業員八〇名の会社であり、家具業界では堅実な信望ある会社として評価されていた。
ところが、大川市長をはじめ、大川市、大川商工会議所、協同組合大川家具工業会、大川木材事業協同組合及び大川商店街協同組合の各関係者や多数の大川市民に「反論書」が配布された結果、甲被告田中木工はその名誉を毀損され、その社会的信用は著しく失墜した。
このように、甲被告田中木工は精神的苦痛はもちろん、有形無形の多大の損害を被っており、これを金銭に評価すれば、二五〇〇万円を下らない。また、甲被告田中木工に対する名誉回復の措置として、原告及び乙被告らは、乙事件の請求の趣旨記載の謝罪広告をすべきである。
5 よって、甲被告田中木工は、不法行為に基づき、
(一) 原告及び乙被告らに対し、甲被告田中木工の名誉回復のための措置として乙事件の請求の趣旨第1項記載の謝罪広告の掲載を求めるとともに、
(二) 損害賠償として、原告、乙被告ホシノ、同中川木材及び同丁海三郎に対し、連帯して二五〇〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和五八年九月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い、
(三) 同じく損害賠償として、乙被告中川春子、同丙沢夏子及び同中川二郎に対し、原告、乙被告ホシノ、同中川木材及び同丁海三郎と(乙被告中川春子は一二五〇万円を限度とし、同丙沢夏子及び同中川二郎はいずれも六七五万円を限度として)連帯して、乙被告中川春子においては一二五〇万円、同丙沢夏子及び同中川二郎においてはいずれも六七五万円及びそれぞれ右金員に対する不法行為の後の日である昭和五八年九月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、甲被告田中木工が「公開質問並びに嘆願書」を配布したこと、原告ら三名が「反論書」を提出したことは認め、その余の事実は否認する。
3 同3及び4の事実は否認する。
三 抗弁(原告及び乙被告ら)
1 「反論書」の記載は真実である。
「反論書」には、「公開質問並びに嘆願書」に対する真実に基づいた反論が記載されているのであるから、原告ら三名がこれを配布することは名誉毀損行為とならない。
2 正当防衛
原告ら三名は、甲被告らの名誉毀損行為に対する防御として、「反論書」を配布したのであるから、これによって甲被告田中木工の社会的信用等が低下したとしても、甲被告田中木工はこれを受忍すべき立場にある。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実はすべて否認する。
第三証拠<省略>
理由
第一甲事件について
一1 当事者
請求原因1の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2 名誉毀損行為について
(一) 請求原因2のうち、甲被告渡辺五夫が大川商工会議所会頭に対し「公開質問並びに嘆願書」を手交したこと、甲被告渡辺六夫が本件ビラを毎日新聞及び朝日新聞に折り込んで配布したこと、甲被告渡辺六夫が甲被告田中木工所有の工場の屋根に取りつけた拡声器を通じて、本件ビラと同旨の内容を録音した本件録音テープを放送したこと、甲被告渡辺らが甲被告田中木工を告訴人、原告を被告訴人、原告の業務上横領行為を告訴事実とした本件告訴状を大川警察署に提出したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。
(二) 右争いのない事実及び<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 「公開質問並びに嘆願書」の配布について
甲被告渡辺らは、大川商工会議所及び大川家具工業会の関係者らに対し、甲被告田中木工代表取締役渡辺五夫名義で「公開質問並びに嘆願書」を配布することを共謀し、甲被告渡辺六夫において、昭和五八年一月二〇日、大川商工会議所会頭及び大川家具工業会理事長に対し、「公開質問並びに嘆願書」を手交し、同月二二日、大川市長、大川商工会議所常議員、大川家具工業会理事、家具製造業者ら約五五名に対し、「公開質問並びに嘆願書」を郵送した。
右「公開質問並びに嘆願書」には、請求原因2(一)(1) (2) (3) において原告が主張するとおりの内容が記載されており、これを閲読する者をして以下のような印象を抱かせるものである。
<1> 「A店舗増改築の支配について」という見出しの下に記載された内容は、原告が、Aの店舗増改築工事に際し、甲被告田中木工の意思を無視して右工事の請負業者を企業体に変更し、企業体に対しリベートを強要して多額の金員を受領し、また、Aからも謝礼として多額の金員を受領したかのような印象を抱かせるものである。
<2> 「A店舗増改築に関連し悪質な当社乗っ取り計画について」という見出しの下に記載された内容は、原告が甲被告田中木工、甲被告渡辺六夫及び原告ら三名の共有地上にAの店舗の増改築申請をなし、Aから多額の敷金権利金をもらい受ける旨豪語し、また、甲被告田中木工を乗っ取る計画を有しているかのような印象を抱かせるものである。
<3> 「結び」と題して記載された内容は、原告が甲被告田中木工の再建に関連して同社の乗っ取りを計り、あたかも悪質なる権利者、ブローカー、暴力団に類する行為を行ったかのような印象を抱かせるものである。
(2) 本件ビラの配布について
甲被告渡辺六夫は、本件ビラ約一万七六〇〇枚を作成し、このうち約一万枚を、五八年二月二〇日から同月二四日にかけて三回にわたり毎日新聞及び朝日新聞の朝刊の折り込み広告として大川市内一円に配布し、また、そのころ、A店舗内等大川市内数か所の公衆電話ボックス内に前記本件ビラのうち合計約一〇〇〇枚を備え置いて、大川市民に配布した。
本件ビラには、請求原因2(二)(1) (2) (3) において原告が主張するとおりの内容が記載されており、これを閲読する者をして以下のような印象を抱かせるものである。
<1> 「A店舗増改築の支配について」という見出しの下に記載された内容は、原告が、Aの店舗増改築工事に際し、甲被告田中木工の意思を無視して請負業者を勝手に企業体に変更し、請負業者である企業体及びその他の企業からリベート等として多額の金員を受領したかのような印象を抱かせるものである。
<2> 「A店舗今後の増床に関し悪質な計画について」という見出しの下に記載された内容は、原告が、甲被告田中木工及び甲被告渡辺六夫からA誘致の謝礼として土地を取り上げ、同土地上にA店舗の増築申請をなし、Aから敷金・権利金として巨額の金をもらい受ける計画を有し、さらに、Aから毎月一三七万円以上の地代を個人的に受領しているかのような印象を抱かせるものである。
<3> 表題及び「結び」と題して記載された内容は、原告が、利権屋的行為をして数々の悪行を行い、また、甲被告田中木工及び甲被告渡辺六夫に対し、謝礼を強要し、甲被告田中木工の乗っ取りを計っているかのような印象を抱かせるものである。
(3) 本件録音テープの放送について
甲被告渡辺六夫は、昭和五八年二月二六日から同年三月一日までの四日間にわたり、連日昼間数時間程度、甲被告田中木工の工場の屋根に取りつけた大型の拡声器を通じて、通行人ら不特定多数の者に対し、本件録音テープを繰り返し拡声放送した。
本件録音テープには、請求原因2(三)において原告が主張するとおりの内容が録音されており、これを聴取する者をして、原告が、利権屋的悪行を重ねて甲被告田中木工の乗っ取りを計り、A店舗の増改築工事を請け負った企業体から多額のリベートを受領し、また、日本舗道からも五〇〇万円という金員の詐欺又は横領行為をなし、さらに、甲被告らから甲被告田中木工の額面総額九〇〇万円の株式及び時価二億円の土地を取り上げたかのような印象を抱かせるものである。
(4) 本件告訴状の提出、配布等について
甲被告渡辺五夫は、昭和五八年二月二五日、甲被告田中木工を告訴人、原告を被告訴人、原告の業務上横領行為を告訴事実とし、本件告訴状を大川警察署に提出した。
本件告訴状には、請求原因2(四)において原告が主張するとおりの内容が記載されており、これを閲読する者をして、原告が甲被告らの共同で保管している金員を勝手に着服横領したかのような印象を抱かせるものである。
以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 以上の事実からすると、「公開質問並びに嘆願書」及び本件ビラは大川市内一円に広く頒布され、また、本件録音テープの録音内容も不特定多数の者に対して、広く拡声放送されたというのであるから、「公開質問並びに嘆願書」の配布、本件ビラの配布及び本件録音テープの拡声放送によって、原告がその名誉・信用を毀損されたということができるが、本件告訴状については、大川警察署に提出されたというに止まり、その内容が広く公表されたとはいえないから、これの提出によって、原告の名誉・信用が毀損されたということはできない。
なお、甲被告らは、甲被告渡辺六夫は協同組合大川家具工業会理事長の指図に基づき、理事会の審議のための参考資料として同会の理事に対してのみ「公開質問並びに嘆願書」を郵送したものであり、その内容が他に伝播するおそれはなかったことを理由として、甲被告らは公然と原告の名誉を毀損したことにならないと主張する。しかしながら、甲被告らの主張するような右事情のもとに「公開質問並びに嘆願書」が配布されたものと認めるに足りる証拠はなく、また、前記(二)(1) 認定のとおり、甲被告渡辺らは、「公開質問並びに嘆願書」を前記理事らに限定せず、その他の関係者に対しても広く配布したものである。しかも、甲被告渡辺らによってその記載内容が広く流布することを防止するような方策が講じられたものとも認められないから、その内容が他に伝播するおそれはないということもできない。以上によれば、甲被告らの前記主張は理由がない。
二 抗弁について
1 一般に、名誉毀損については、当該摘示事実に扱われた内容が公共の利害に関するものであり、かつ、その公表が専ら公益を図る目的でなされた場合には、摘示事実がその主要部分において真実であると証明されたとき、又は、その事実を真実であると信ずるについて相当の理由があるときは、その行為は違法性を阻却され、又は故意、過失がないものとして不法行為とならないものと解するのが相当である。
甲被告らは、右要件に係る、本件摘示事実の内容の公共性、公表した目的の公益性及び本件摘示事実の内容の真実性を主張するので、以下、これらの点について検討する。
2 まず、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告の社会的地位について
原告は、本件当時、乙被告ホシノ(大正九年創業の資本金八〇〇万円、年商約一〇億円、従業員二〇名の木材販売を業とする会社であり、大川市内では信用のある堅実な会社として評価されていた。)の代表取締役を務めるかたわら、大川木材事業共同組合理事長、福岡県木材共同組合副理事長、大川商工会議所副会頭、大川信用金庫理事等の要職を兼ね、大川地区の商工界において指導的な地位にあって、昭和五八年三月一日に実施される大川商工会議所会頭選挙に立候補しようとしていた。
また、原告は、大川市商業活動調整協議会(以下「商調協」と略称する。)の学識経験者委員として、大規模小売店舗の出店問題に関し、厳正中立の立場から審議に参加していた者である。
(二) 甲被告田中木工の再建に至る経緯
(1) 甲被告田中木工は、昭和三九年七月一日に設立された、家具製造を業とする従業員約八〇名の会社であるが、昭和五〇年ころから設備投資過剰、資材の不足・高騰等の原因により経営が悪化し、減量経営に切り換える等の対策を講じたものの収益は減少し、また、得意先が倒産したために債権回収が不能となるなど、昭和五三年四月ころには、総額約七億円の負債を抱えるに至り、同年五月末には約五〇〇〇万円の約束手形を決済する必要があったが、その資金を調達する目処は立たなかった。このように、当時の甲被告田中木工は、倒産を避けられない状態であった。
乙被告ホシノは、昭和五一年ころから甲被告田中木工と取引を開始し、昭和五三年三月には甲被告田中木工に対し五五〇万一五五七円の手形債権を有していた。また、訴外丁海製材所(代表取締役は乙被告丁海三郎)も甲被告田中木工に対し約五〇〇万円の債権を有していた。さらに、訴外亡中川真の経営する乙被告中川木材及び訴外中川木材工芸株式会社は、甲被告田中木工に対して合計約一億円の債権を有していたほか、訴外亡中川真は、甲被告田中木工のために保証人にもなっていた。
(2) 当時、大川地区では、甲被告田中木工が倒産するのではないかとの噂が広まっていたが、同社が倒産すると、大川市内の取引業者の中から多数の連鎖倒産が発生するとともに、債権の回収もできなくなるので、原告ら三名は、甲被告渡辺らと接触を重ね、甲被告田中木工の再建策を協議した。
原告ら三名及び甲被告渡辺らは、昭和五三年四月、甲被告田中木工再建のための資金を調達するために、当時甲被告田中木工の主力銀行であった佐賀銀行大川支店との間で融資の交渉を行ったが、同銀行は融資を拒否した。
その後、訴外亡中川真が甲被告田中木工所有の土地建物に大型スーパーマーケットを誘致し、これから受領する敷金、賃料等をもって債務を返還することを提案したところ、甲被告渡辺らはこの再建案に賛成し、原告ら三名にスーパーマーケットの誘致交渉方を依頼した。
(3) 原告ら三名は、Aとの間で誘致交渉を行い、その結果、同年五月三一日に甲被告田中木工とAとの間で、「出店に関する覚書」が取り交わされてAが甲被告田中木工所有の土地建物を賃借する旨の合意が成立し、同日、甲被告田中木工はAから右契約の手付金として五〇〇〇万円を受領し、これで前記約束手形を決済して倒産を回避することができた。
昭和五四年七月二日、甲被告田中木工はAとの間で、期間を昭和五四年七月一二日から二〇年間、賃料月額四〇六万六六六七円、敷金一億七〇〇〇万円、保証金一億円、建築協力金三億一八〇〇万円で、甲被告田中木工所有土地建物を貸し渡す旨の賃貸借契約を締結し、甲被告田中木工は右各金員を受領して、債務の支払が可能となり、再建が可能となった。
なお、Aは、原告ら三名の仲介に感謝し、各自に感謝状と金一封(三〇万円)を贈呈したが、それ以外にリベート等を贈ったことを認めるに足りる証拠はない。
(三) A店舗増改築工事の発注について
A店舗の増改築工事については、甲被告田中木工が注文者となって建設会社との間で請負契約が締結されることになっていたが、右契約についての予定価格や工期等は、Aの建設部において決定されていた。
甲被告田中木工は、昭和五四年三月ころ、A店舗の増改築工事を発注するために、建設会社七社による入札(発注者から示された図面と仕様書に基づき各社が見積書を提出する入札方法)を行ったが、各社とも見積価格が前記予定価格を超過していたので、落札者は決定されなかった。
数日後に、企業体、銭高組及び豊栄建設が参加して、二回目の入札(発注者側で、見積内容、工期、見積金額等を検討して、最も適切な見積りをした業者を選定する方法)を行い、請負代金及び工期の点で注文者側の要求を満たし、地元企業でもある企業体が落札した。
なお、右各建設会社については、甲被告田中木工は同社工場建設の経験を有する豊栄建設を、Aは同社店舗を多く手がけた銭高組を、原告ら三名は地元の企業である企業体を、それぞれ推薦していたが、結局原告らの要望が容れられて企業体が落札することになった。
昭和五七年四月一七日、甲被告田中木工と企業体との間で、請負代金三億一八〇〇万円(後に、追加変更工事代金として一二〇〇万円が上乗せされた。)にて、前記工事についての建築請負契約が締結された。
工事完成後、甲被告田中木工は、企業体に対し、感謝状に添えて一〇〇万円の祝儀を贈ったが、右金額は一応商慣習上相当な範囲内の額であった。なお、企業体が、原告からリベートを要求されたり、これを支払ったりした事実を認めるに足りる証拠はない。
(四) A店舗駐車場用地の工事について
(1) 駐車場用地の確保について
Aは、甲被告田中木工との間で前記賃貸借契約を締結するに際し、甲被告渡辺らに対し、店舗に付帯する駐車場用地の確保を要請した。そこで、原告ら三名と甲被告渡辺らは、協議のうえ、原告ら三名及び甲被告田中木工が各二五〇万円を拠出して、本件(二)の土地を甲被告田中木工名義で購入し、この土地と甲被告渡辺六夫が所有していた本件(一)の土地とを併せて、原告ら三名、甲被告渡辺六夫及び甲被告田中木工の五名の共有として、Aに賃貸することとし、昭和五四年七月二日に賃貸した。(なお、本件(一)の土地には、原告ら三名及び甲被告田中木工の、また、本件(二)の土地には、原告ら三名及び甲被告渡辺六夫の名義で、所有権一部移転請求権の仮登記がなされた。)
また、昭和五五年一二月一五日、原告の息子である星野七郎、訴外亡中川真、乙被告丁海三郎、甲被告渡辺六夫及び甲被告田中木工は、本件(三)ないし(六)の土地を共同で購入し、共有の登記を了して、Aに賃貸した。
(2) 駐車場用地の工事について
<1> 土木工事について
甲被告渡辺六夫、甲被告田中木工及び原告ら三名は、借入金を資金として本件(一)及び(二)の土地を駐車場とするための土木工事を発注しようとしたが、融資が間に合わなかったので、右代金を企業体に立て替えてもらうこととして、昭和五四年一月ころ、永尾商店に対し、右工事を発注し、企業体は、同年五月と六月に永尾商店の代理人である株式会社大昌組に対し、右代金合計一一〇〇万円を立替払した。
甲被告渡辺六夫、甲被告田中木工及び原告ら三名は、同年七月二五日、佐賀銀行から一〇〇〇万円の融資を受け、同日、企業体に対し、前記立替金のうち五〇〇万円を返済した。なお、残金六〇〇万円については、右駐車場工事の結果生じた店舗工事の工事減少による工事代金減額分と相殺するということで、企業体はこれを受領しないこととした。
<2> 舗装工事について
甲被告渡辺六夫、甲被告田中木工及び原告ら三名は、同年一月ころ、日本舗道に対し、代金五三四万二〇〇〇円で前記駐車場用地の舗装工事を発注し、昭和五四年七月二五日に四五〇万円を、同年八月一三日に三四万二〇〇〇円を、同年八月二七日に五〇万円をそれぞれ支払った。なお、日本舗道が、原告からリベートを要求されたり、これを支払った事実は認められない。
(3) 駐車場用地の賃料及び経費等の管理について
以上のとおり、Aの駐車場に関する限り、土地の所有権も賃貸人の地位も全て五名(甲被告渡辺六夫、甲被告田中木工及び原告ら三名)の共有とされたが、右五名は、佐賀銀行大川支店に、代表者として原告名義の預金口座を設け、右口座の預金通帳を用いて、Aから受領する前記駐車場用地の賃料及び駐車場に関する経費等を管理することとし、右預金通帳は甲被告田中木工の経理主任であった鈴木八郎が保管し、印鑑は原告が保管することとされ、預金を払い出す際には、甲被告田中木工が払戻し証書を作成し、これに原告が署名押印して、行うこととされていた。
(五) 甲被告田中木工再建前後の原告ら三名と甲被告渡辺らとの関係
(1) 甲被告渡辺六夫の個人資産への根抵当権の設定について
原告ら三名は、昭和五三年五月ころ、原告ら三名の甲被告田中木工に対する債権を担保するために、甲被告渡辺六夫所有の大部分の不動産に根抵当権を設定することを求めたところ、甲被告渡辺六夫はこれを承諾し、その旨の登記がなされた。その後、右根抵当権は話合いで抹消された。
(2) 甲被告田中木工株式の原告ら三名への贈与について
甲被告渡辺五夫は、昭和五三年一二月一〇日、原告ら三名に対し、前記甲被告田中木工再建への協力に対する謝礼として、それぞれ、額面五〇〇円の甲被告田中木工の株式六〇〇〇株(総発行済株式数の約一〇パーセントに当たる。)を贈与した。なお、原告に関しては、原告の養子であり乙被告ホシノの専務取締役である星野七郎の名義に株主名義が変更された。
右株式は、総発行済株式数の約一〇パーセントに相当したが、当時の甲被告田中木工は倒産状態にあったため、その株式には殆ど金銭的価値がなく、また、原告ら三名は右株式についての配当を受けたことはない。さらに、その後、甲被告田中木工は一〇〇分の一の減資を行ったので、前記株式の額面は一〇〇分の一(各自三万円分)となり、しかも、右減資の後に五〇〇〇万円の増資が行われたので、総発行済株式の中に占める割合も微々たるものとなった。
原告は、昭和五七年初夏ころ、甲被告渡辺五夫に対し、甲被告田中木工の製造した家具類の販売をしている、同社の子会社である株式会社「家具のサンコー」の株式の贈与及び同社役員への就任を求めたが、甲被告渡辺五夫はこれを拒絶したので、右株式の贈与及び原告の同社役員への就任は実現しなかった。
(3) 原告ら三名の取締役就任問題について
原告ら三名は、昭和五四年九月ころ、甲被告田中木工の株主総会において、原告の甲被告田中木工取締役就任の決議がなされなかったこと、また、原告の甲被告田中木工再建への尽力に対する謝意が表明されなかったことに不満を述べて、右総会を退場した。
(4) ゴルフ道具の贈与について
原告は、坂井木工所を協同組合△△の所有地へ移転させて、移転前の同木工所の敷地をA店舗への進入路として確保することを計画し、これを実現するために協同組合△△の高橋専務に対し、原告が六〇万円で購入したゴルフ道具を贈与した。右贈与に際し、原告は甲被告渡辺五夫と相談し、同人から右ゴルフ道具代金として六〇万円を受領した。しかし、右計画は実現しなかった。
(5) 歳暮の要求について
原告は、昭和五五年一二月ころ、甲被告渡辺五夫に対し、慣例上歳暮や中元ぐらいは贈るものだと告げたところ、同人は甲原告方へ歳暮を持参した。
(6) 乙被告ホシノからの材料仕入れについて
甲被告田中木工は、昭和五三、四年ころ、A誘致における原告の奔走に対する謝礼の意味を込めて、原告の求めに応じて、乙被告ホシノからの材料仕入れ量を増やした。すなわち、昭和五一年四八九万円、昭和五二年二一七万円であったものが、昭和五三年二六五七万円、昭和五四年四四三七万円、昭和五五年一二七三万円、昭和五六年一八〇四万円、昭和五七年一四七九万円と仕入高が増大した。
(7) 賃料改定交渉と原告ら三名の対応
甲被告田中木工は、昭和五七年春ころから石川四男美弁護士に法律顧問を依頼し、同弁護士を通じてAとの店舗の賃料改定交渉を行っていたが、双方の主張に開きがあり、交渉は難航していた。そこで、原告は、Aと甲被告田中木工との間の賃貸借に関与していた経緯から、甲被告渡辺らに対し、事前に原告ら三名に相談すべきであったといった。
(六) 大川地区への大規模小売店舗の出店と原告の関係
(1) 寿屋の大川出店との関係
寿屋は、株式会社中島家具店所有の土地を店舗用地として購入するに際して、昭和五四年一二月二八日、右売買の仲介をした山下九郎に対し、謝礼として二〇〇万円を交付し、株式会社中島家具店は、昭和五五年二月二九日、山下九郎及び乙被告丁海三郎に対し、仲介料として二〇〇万円を交付したが、原告は右売買に関与しなかった。
また、寿屋は、大川地区に出店を企図して、昭和五五年四月一七日、原告、乙被告丁海三郎及び佐藤七夫の三名に対し、地元対策費として五〇〇万円を交付したが、右金員は主として佐藤七夫が保管し、乙被告丁海三郎及び佐藤七夫が寿屋の出店に反対する者に対する接待費等に費消した。しかし、原告が右地元工作に関与した事実を認めるに足りる確たる証拠はない。
(2) 西鉄ストアの大川出店との関係
昭和五五年ころ、西鉄ストアが大川地区への出店に意欲を見せていたが、原告ら三名は右出店の実現に奔走せず、計画は具体化しなかった。
(3) A店舗増床計画との関係
Aは、前記五名共有名義の本件(一)、(二)の土地の一部に店舗を増築することを計画し、昭和五五年一〇月一日大川商工会議所等に対し、大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律(以下「大店法」と略称する。)に基づく店舗増床の届出をし、同月八日受理されたが、商調協で審議された結果否決され、右増築は実現しなかった。
しかし、原告が、右店舗増築を計画し、あるいは右大店法による届出をしたことを認めるに足りる証拠はない。
(七) 本件名誉毀損行為に至る経緯
(1) 甲被告渡辺らは、当初は甲被告田中木工再建のための原告ら三名の尽力に感謝の意を表していたが、同社の再建が確実となったものの、原告らがA誘致に尽力したことを理由に、いろいろと甲被告田中木工の経営に口出ししたり、特に周辺の土地を原告ら三名を含む共有としてAに賃貸するなどし、甲被告田中木工とAとの賃貸借関係に対する発言権を増したこと、また甲被告田中木工の株主総会において自分達を取締役にしなかったことに強い不満を述べたことなどから、原告らが甲被告田中木工を支配しようと企んでいるのではないかとの疑念を抱くに至った。また、甲被告渡辺六夫は、前記駐車場用地に自己が提供した土地は三六〇坪余りもあるのに対し、原告ら三名が買って提供した土地は一人当たり約八〇坪程度にしかならないのに、全体を五人平等の持分による共有とされ、その賃料も平等の割合で取得することとされ、原告らが不当に利益を得ているという不満を抱いていた。
右のような事情から、甲被告渡辺らは、原告ら三名を同社の経営から排除したいと考え、昭和五七年一一月から同年一二月にかけて三回にわたり、甲被告渡辺六夫名義の内容証明郵便をもって、本件(一)の土地についての原告ら三名の有する仮登記の抹消を要求し、また、本件(二)ないし(六)の土地が共有となっていることは納得できない旨の意思表示をした。
しかし、原告ら三名は、甲被告渡辺らに対し、同人らの主張する共有に至った経過が事実に反するとして、内容証明郵便をもって、右要求を拒絶する旨通知した。
(2) 本件名誉毀損行為の目的及び本件摘示事実の根拠
甲被告渡辺らは、<1>原告ら三名の有する甲被告田中木工の株式を返還させること、<2>同人らの有する本件(一)の土地の共有持分権を放棄させること、<3>同人らの有する甲被告渡辺六夫の個人資産上の根抵当権設定登記を抹消させること等といった、原告ら三名と甲被告らとの間の民事上の紛争を有利に解決することを目的として、家具工業会や商工会議所の役員に右各紛争についての斡旋及び仲介を求めるため、前記2(二)(1) 認定の「公開質問並びに嘆願書」の配布行為をしたものである。
甲被告渡辺らは、「公開質問並びに嘆願書」の作成に当たり、甲被告渡辺六夫の記憶や日記帳、甲被告渡辺五夫の有していた資料、石川弁護士提供の資料、佐藤七夫の供述、噂、風評等を参考とした。なお、本件ビラ、本件録音テープ及び本件告訴状の内容も「公開質問並びに嘆願書」と同趣旨であり、その根拠も同様である。
(3) 原告ら三名による反論
原告ら三名は、「公開質問並びに嘆願書」の配布によって毀損された自己の社会的信用や名誉等を回復するために、その配布先と思われる者に宛てて、「公開質問並びに嘆願書」に対する詳細な反論を記載した「反論書」を配布した。
(4) 原告による告訴及び仮処分と甲被告渡辺六夫の名誉毀損行為
原告は、昭和五八年二月三日、「公開質問並びに嘆願書」の配布行為について甲被告渡辺五夫を名誉毀損罪で大川警察署に告訴した。
また、原告は、昭和五八年二月七日、福岡地方裁判所柳川支部に対し、甲被告田中木工及び甲被告渡辺五夫を債務者として名誉毀損行為等差止の仮処分申請をなしたところ、同裁判所は、同月一〇日、「債務者らは自ら若しくは第三者をして別紙『公開質問並びに嘆願書』と題する書面の趣旨の内容の文書を配布し又は、右の趣旨の内容のビラ貼りをし、若しくは宣伝カー等を使用して右内容を吹聴する行為をし債権者の名誉信用を毀損し、誹謗中傷にわたる行為をしてはならない。」との仮処分決定をした。
しかしながら、甲被告渡辺六夫は、自己の名義で文書を配布することは差し支えないとして、前記2(二)(2) 認定の本件ビラ配布行為に及んだ。
そこで、原告は、同月二四日、前記裁判所に対し、甲被告渡辺六夫を債務者として、前記同様の名誉毀損行為等差止の仮処分申請をなしたところ、同裁判所は、同日、その旨の仮処分決定をした。
しかし、甲被告渡辺らは、前記2(二)(3) (4) 認定のとおり、本件録音テープを放送したり、本件告訴状を提出したりした。
以上の事実が認められ、<証拠>のうち右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 右認定事実に照らして検討するに、確かに、本件摘示事実の公表は、大川地区において一定の公的な立場を有する原告の行状に対する批判としての性格を有し、また、同人の行状を調査するきっかけとなる可能性を有するものではあるが、前記2(七)(2) 認定のとおり、甲被告渡辺らは、原告ら三名と甲被告らとの間に存在する民事上の紛争を自己に有利に解決するために本件名誉毀損行為に及んだものであって、このことが同人らの殆ど唯一の目的であったと認めざるを得ず、同人らが専ら公益を図る目的の下に本件摘示事実を公表したものと認めることはできない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件名誉毀損行為については、その違法性は阻却されず、甲被告らの抗弁は理由がない。
4 なお、甲被告らは、本件摘示事実は真実である旨主張するが、前記2において認定したところの事実関係に照らせば、本件摘示事実はその主要部分において真実であると認めることはできない。
また、甲被告らは、本件摘示事実中に真実に反する部分があったとしても、甲被告渡辺らには本件摘示事実が真実であると誤信するに足りる相当な理由があったと主張するが、前記2(七)(2) 認定のとおり、同人らは、自己の記憶や日記帳等の資料、自己に親しい関係にある者の供述やその提供した資料、あるいは、噂や風評等を基礎にして、本件名誉毀損行為に及んだのであって、その他に格別の調査、資料の収拾をした事実は認められないから、かかる事情のもとにおいては、仮に、甲被告渡辺らが本件摘示事実が真実であると信じていたとしても、甲被告渡辺らには本件摘示事実が真実であると誤信するに足りる相当な理由があったと解することはできない。
三 甲被告らの責任
(一) 甲被告渡辺らの責任
前記一2(二)(1) 認定のとおり、甲被告渡辺らは、共謀のうえ、原告の名誉を毀損することを認識しつつ、「公開質問並びに嘆願書」を配布したものであるから、同人らは民法七〇九条、七一九条により、右名誉毀損行為から生じた原告の後記損害を賠償する責任を負う。
また、前記一2(二)(2) (3) 認定のとおり、甲被告渡辺六夫は、原告の名誉を毀損することを認識しつつ、本件ビラを配布し、本件録音テープを拡声放送したものであるから、同人は、民法七〇九条により、右各名誉毀損行為から生じた原告の後記損害についても賠償する責任を負う。
(二) 甲被告田中木工の責任
前記一2(二)(1) 及び二2(七)(1) (2) 認定のとおり、甲被告渡辺五夫は、甲被告田中木工の経営に対する原告ら三名の介入を排除するために、同社代表取締役としての自己の名義を用いて「公開質問並びに嘆願書」を作成、配布したものであるところ、右行為の外形、行為者の地位、目的、当時の甲被告田中木工の経営状況等に照らせば、前記行為は、甲被告渡辺五夫が甲被告田中木工の代表取締役としての職務を行うにつきなしたものであると解するのが相当である。
よって、甲被告田中木工は商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、甲被告渡辺五夫の名誉毀損行為により生じた原告の後記損害を賠償する責任を負う。
四 原告の損害
1 <証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 甲被告渡辺らによって「公開質問並びに嘆願書」が配布された結果、原告の取引先や業界関係者の間で、原告が甲被告田中木工の乗っ取りを計り、A等から多額のリベートを受領し、金員を横領する等の犯罪行為を行ったかのような誤解を招いた。
そこで、原告は、大川商工会議所議員、取引先等関係者等に対し弁明したが、原告に対する疑念はなかなか晴れなかった。さらに、従来の慣行に従えば、原告は、大川家具工業会及び大川木材事業協同組合の推薦により昭和五八年三月一日に大川商工会議所会頭に無投票で選出される予定になっていたところ、前記の噂が流布したため、これを真実であると信じた大川商工会議所議員によって対立候補が立てられ、会頭選出について極めて異例の選挙が実施される結果となった。
(二) また、甲被告渡辺六夫によって本件ビラが配布され、本件録音テープの内容が拡声放送された結果、一般の大川市民の間でも前記の内容の噂が流布し、原告及びその家族等は肩身の狭い思いを余儀なくされた。
2 右認定の事実に前記二2認定の原告の社会的地位、甲被告田中木工再建における原告の尽力、本件各名誉毀損行為に至る経緯等の諸事情を総合考慮すると、本件各名誉毀損行為によって原告の被った精神的損害を慰謝するには、原告に対する金二〇〇万円の支払が相当であり、かつ、原告の名誉を回復するためには、別紙(一)記載のとおりの謝罪広告を主文第一項の掲載方法で一回掲載することが相当である。
なお、甲被告渡辺五夫は、本件各名誉毀損行為のうち当初の「公開質問並びに嘆願書」を配布したに止まるものではあるが、これは原告に対する最初の名誉毀損行為であり、以後のビラの配布、録音テープの拡声放送等の名誉毀損行為においても、摘示された事実は全て「公開質問並びに嘆願書」に記載されていたところとほぼ同一であること、甲被告渡辺六夫との間に右名誉毀損についての主観的共同関係(共謀)が認められること等を考慮すれば、右各名誉毀損行為は一連の行為として、社会通念上全体として一個の名誉毀損行為と評価することができ、甲被告渡辺五夫についても甲被告渡辺六夫とともに連帯して、原告の被った全ての損害について賠償すべき責任があるものと解するのが相当である。
第二乙事件について
一 当事者
請求原因1の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 名誉毀損行為について
1 請求原因2の事実のうち、甲被告田中木工が「公開質問並びに嘆願書」を配布したこと、原告ら三名が「反論書」を提出したことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 右争いのない事実及び<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
原告ら三名は、昭和五八年二月九日ころ、大川市長、大川商工会議所、大川木材事業協同組合、大川家具工業会の関係者らに対し、「反論書」を配布した。
右「反論書」には、「公開質問並びに嘆願書」記載の第一点ないし第一一点の各項目についての反論がなされ、かつ、甲被告渡辺らが原告ら三名との間の民事上の紛争を有利に解決するために「公開質問並びに嘆願書」を作成したものであるとの内容が記載されているところ、右記載内容は、これを閲読する者に対し、甲被告渡辺らは、前記民事上の紛争を有利に解決するために、「公開質問並びに嘆願書」に虚偽の事実を記載して、原告ら三名を誹謗中傷したものであるとの印象を抱かせ、甲被告渡辺らの社会的信用や名誉等を失墜させるものである。
3 右認定の事実によれば、原告ら三名による「反論書」の配布によって、甲被告渡辺らの社会的信用や名誉等が毀損されたとしても、法人である甲被告田中木工の名誉が毀損されたものとまでは評価できず、また、原告ら三名の前記行為により甲被告田中木工に何らかの損害が生じたものと認めるに足りる証拠はない。
よって、甲被告田中木工には原告ら三名の前記行為による損害の発生が認められないから、甲被告田中木工の原告ら三名に対する請求はいずれも理由がない。
4 なお、仮に、甲被告渡辺五夫が甲被告田中木工の代表取締役を務め、また、甲被告渡辺六夫が同社の専務取締役を務めていたことから、甲被告渡辺らの社会的信用や名誉等を毀損することが、甲被告田中木工の社会的信用や名誉等を間接的に毀損することとなったり、あるいは、甲被告渡辺らの社会的信用や名誉が失墜した結果、甲被告田中木工に営業上の不利益が生じ、損害が発生したと解しても、以下のとおり甲被告田中木工の請求は理由がない。
即ち、前記第二の二2(七)(3) 認定のとおり、原告ら三名は、「公開質問並びに嘆願書」の配布によって毀損された自己の社会的信用や名誉等を回復する目的で、右文書の配布先と思われる者に宛ててのみ「反論書」を配布したのであって、また、前記第二の二2認定の諸事情に照らせば、「反論書」に記載された事実は概ね真実に沿ったものと解されるから、右のような「反論書」配布の目的、態様及び記載内容に照らせば、原告ら三名の「反論書」配布行為は自己の権利を防衛するための止むを得ない行為と解するのが相当であって、右行為には違法な点を認めることはできず、甲被告田中木工が、これによって何らかの損害を被ったとしても、その損害の賠償を求めることはできない。
第三結論
以上の次第であるから、原告の甲事件請求は、甲被告らに対し、別紙(一)記載のとおりの謝罪広告を主文第一項の掲載方法で一回掲載すること並びに慰謝料二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五八年五月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、甲被告田中木工の乙事件請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱の宣言については、相当でないからこれを付さないこととした上、主文のとおり判決する。
(裁判官 川神裕 裁判長裁判官 綱脇和久、裁判官 松藤和博は転任につき、署名押印することができない。裁判官 川神裕)
別紙(一)~(五)<省略>